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境内地
くだり参道 蓬ヶ丘遠景
蓬ヶ丘と呼ばれる丘の北側斜面、およそ2万6千坪が境内地である。
貫前神社は綾女谷と呼ばれる渓間を切り開いて建造され、しかも南向きに建っているため正面参道からは丘を上って嶺に出て、それから石階段を中腹まで下って社頭に達する順路になる。
この様に「1度のぼってからくだる」参道は珍しく貫前神社の特徴のひとつである。

 

社殿
社殿群
現在の社殿は三代将軍徳川家光公の命により寛永12年(1635年)建造された。
江戸時代初期の漆塗り極彩色による華麗な造りで、建築様式は本殿と拝殿を幣殿でつないで一連の社殿とする権現造に近い。
 元禄11年(1698年)五代将軍綱吉公の命により大修理がなされている。
本殿は明治45年特別保護建造物(旧国宝)に指定され、昭和25年国指定重要文化財となる。
拝殿及び楼門は、昭和51年国指定重要文化財に指定された。


本殿
本殿 雷神小窓
貫前神社の本殿は外見は春日造りだが、内部が2階建てで神座はその2階部分にある。「貫前造り」と称して独特な構造である。
 寛永12年の建築で漆塗極彩色、多くの彫刻で装飾されている。屋根正面の妻の部分には雷神の描かれた窓があり、「雷神小窓」といって信仰の対象にもなっていた。

拝 殿
拝殿 拝殿内側と天井に描かれた百草
 寛永12年、本殿と同時期の建造で細部にわたって極彩色の文様や透かし彫りが施され拝殿内天井には百草が描かれている。
 
(拝殿とは神を祭祀し礼拝を行うための建物で、本殿の前面に配置されるのが一般的。本殿が神座であるのに対して人が神に祭や祈願などを行う場所が拝殿。)

楼 門
国指定重要文化財「楼門」 楼門小屋裏の落書
 総門から石階段をくだった場所に建つ朱漆塗りの門。
外部は華麗な透かし彫りで彩られ、内部には寛永12年(楼門の建造年)と元禄11年(楼門の大修理を行った年)の米や麦の値段等の記録(落書)が残っていて当時の生活の一端を知ることが出来る。
昭和51年国指定重要文化財となる。

月 讀 神 社
月読神社
月夜見尊を祭神とする摂社。
また貫前神社の古い拝殿といわれ、明治時代までは牛王堂として祀られていた。
現在は近郊の4神社も合わせて祀られている。

総 門
総門
 正面参道の石階段を上り大鳥居をぬけると見えてくる。総門をくぐると下りの石階段となり、楼門・拝殿・本殿などの社殿群が広がっている。

大鳥居
大鳥居
  正面参道石階段の上に建てられている両部鳥居(前後に合計4本の柱があり、4脚鳥居、権現鳥居などともいう)で、昭和4年に群馬県内の小・中学校生徒(現在の高等学校)、男女青年団および在郷軍人の献納によって建てられた。
 
鳥居とは神社の神域の入り口を示す門の役割をし、2本の柱の上に笠木をのせて、その下に貫を入れて柱を連結したものを基本形とする。神社全体の建築や祭神の性格に応じた様々な様式がある。

不明門/勅額鳥居
勅額鳥居。 勅使門 別名:不明門
不明門
  普段は開門しないことから「不明門」(あかずのもん)ともいわれている。朱雀天皇の時代の勅使参向の折に建てられたと伝わる。現在では春秋の「御戸開祭」と「流鏑馬神事」で1年に3回開かれる。

勅額鳥居
 清和天皇御染筆の額が掲げられていたことから勅額鳥居といわれる。この鳥居も両部鳥居で現在は有栖川宮幟仁親王の額が掲げられている。

摂社抜鉾若御子神社
若御子神社
御祭神の御子神をお祀りする社。
『上野国神名帳』には”従五位抜鉾若御子明神”と記載されている。
古くは別の場所にあり境内には遥拝所しかなかったと伝わる。

神楽殿
平成十三年度 節分祭の様子。
神楽を奉納する場所。
常設の神楽殿は平安時代末期にみられ鎌倉時代に普及した。
正方形に近い壁のない高舞台に勾蘭の付いたものが一般的な特徴で貫前神社神楽殿は御山と称する神座が設けられている。

社務所/斎館
社務所(授与品、御祈祷の受付はこちらに。) 斎館正面入り口。
 社務所は神社の事務一般を取り扱い、神札などの授与や祈祷の受け付けをする場所。明治時代以前にはこれらの役務は神職の役宅や私宅で行われていたが、社家が明治時代になり廃されると、公的事務を執る場として社務所がおかれるのが一般的になった。

 斎館は神事に先立って神職らの奉仕者が参篭(こもること)し、潔斎(祭儀に関係する人達が穢に触れるのを避けたり心身を清浄にすること)するための建物である。これも明治時代以前は役宅で行われていた。また、当神社では直会所も兼ねている。

末社日枝神社/伊勢内宮外宮
日枝神社 内宮 外宮
 末社日枝神社は大己貴神・大山祇神を祭神とするお社。古い貫前神社の本殿を移築したと伝わっている。

 伊勢内宮は天照大神、外宮は豊受大神を祭神とする。貫前神社に隣接する現在の県立社会教育館北側に鎮座していたものを移築したものである。

二十二末社/仮殿敷地
二十二末社
二十二末社は群馬県内の主要神社の神々22柱を一堂にあつめてお祀りしたもの。仮殿敷地は12年ごとの申年から酉年にかけて行われる「式年遷宮祭」での御仮殿を建てるために使われる敷地である。

宝物館
宝物館
国指定重要文化財の鏡「白銅月宮鑑」「梅雀文様鏡」「竹虎文様鏡」をはじめて佐川清氏奉納の「歴代天皇御肖像画」全126点、また実際に神事に使用する用具や神楽面、武具等が収められている。
拝観時間は午前10時より午後3時まで。
有料  大人300円・小人100円

大杉(おおすぎ)
別名「藤太杉」
本殿のほぼ真裏に立つ、樹齢1200年と伝わる大木。
言い伝えでは平将門討伐のため出征する藤原秀郷公が戦勝祈願をして歳の数36本の杉を奉納したとある。
そのなかの1本が今も立っているといわれ、その為別名を「藤太杉」と云う。

蛙 の 木(かえるのき)
総門東に立つ蛙の木 昭和18年撮影
太平洋戦争末期、総門東にある木に蛙に似たサルノコシカケがあらわれた。御祭神経津主神が勇武に優れていたことから「勝って蛙」「勝ち蛙」として戦地に赴く兵士、家族の参拝が多かった。
現在は交通安全の守護「無事蛙」として信仰をあつめている。

スダジイ
富岡市指定天然記念物 「貫前神社のスダジイ」
樹齢は1000年と推定され、幹は数本の枝幹が成長して重なり合った奇異な形をしている。樹高15メートル根回り4メートル。
(スダジイはブナ科の常緑高樹で本州の福島・新潟・佐渡以西から九州にかけての主に海岸地方に生育、花期は5・6月で翌年の10月ごろに実が成熟し、シイの実として食用になる)
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